大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

糸魚川簡易裁判所 昭和43年(ろ)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、本件公訴事実は「被告人は車輛運転の業務に従事する者であるが、昭和四二年一〇月一〇日午後六時一五分頃普通貨物自動車を運転して糸魚川市大字田伏四八二の五番地先の前方が上り坂のため見透しの十分きかない新旧国道の分岐点となつている交差点に差しかかり富山方面に向け時速約四五粁で直進しようとした際自動車運転者としては減速徐行して対向車輛の動静注視につとめ危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたに拘らずこれを怠り前方の上り坂頂上附近から対向して来た大型貨物自動庫及びそのセンターライン寄りを並進する関原豊(当時一七年)運転の自動二輪車を約48.6メートルの距離に認めながら対向車が何れも同交差点を直進するものと軽信し漫然同速度で進行を続けた過失により同交差点で旧国道へ右折進入すべく方向指示灯をつけた自動二輪車に約二一メートルの距離で気付いて危険を感じ急ブレーキをかけたが間に合わず自車前面を同車に衝突させてはね飛ばしよつて同人に脳挫傷脳底骨折、右大腿骨折、顔面挫創の傷害を負わせ同月一二日午後一〇時一五分頃糸魚川病院において死亡するに至らしめたものである。」というのであつて、本件証拠によれば、被告人の注意義務ないし過失として指摘されている部分および本件現場が見透しの十分きかない地点であるとの点を除き、客観的な事実関係はほぼ右公訴事実のとおりであることを認めることができる。

二、検察官は、本件は被告人が現場において徐行していたならば結果の発生が避けられたか、少くとも違つた形になつたと思われる事故であり、被害者側の過失の有無は別として、被告人に徐行義務を怠つた過失がある。本件現場の交差点は道路交通法第四二条に徐行すべき場所として規定された、交通整理の行われていない交差点で左右の見とおしのきかないところであり、また上り坂の頂上付近でもあるから、被告人は本件現場で徐行すべき法律上の義務があつた、と主張する。

そこで検討すると、司法巡査作成の実況見分調書および当裁判所の検証の結果によれば次のような事実が認められる。すなわち本件事故現場は一級国道八号線(以下、新国道という)と旧国道が細長いY字型で交わる交差点内にある。新国道は幅員約一〇米の舗装された東西に走る直線道路であり、旧国道は幅員約7.5米で同様に舗装され、新国道の東南方向から北西に向かつて直線で新国道に鋭角で交わり、三差路を形成している。その鋭角内に当る土地には建物が建つており、新国道上を本件当時被告人が進行した方向、すなわち東から西に向かつて本件交差点に差しかかる場合には、交差点内に進入するまでは左手に当る旧国道から交差点に向う車輛等の有無、動静を確めることはできない。(この点は旧国道から進入するに際し新国道に対する関係でも同様である。)また、本件交差点には信号機は設置されておらず、警察官による交通整理も行われていない。したがつて本件交差点は少くとも新国道および旧国道を東から西に向かつて進入する場合には道路交通法第四二条に規定する「交通整理の行われていない左右の見とおしのきかない交差点」には該当すると思われる。しかしながら、道路交通法が交通整理の行われていない、左右の見とおしのきかない交差点において車輛等に徐行の義務を課しているのは、その左右の見とおしのきかないところから交差点へ進入してくる車輛等に対する危険に備えさせるためのものであつて、見とおしのきく前方道路から進行して来る対向車輛との関係で生ずる危険に対してのものではないと考えられる(見とおしのきく前方道路からの対向車輛との関係での交差点における徐行の要否等は、別個の観点から同法第三四条以上において規制されている。)のであるから、第四二条に規定する右徐行義務を対向車輛との衝突を避けるべき業務上の注意義務の根拠として引き合いに出すことは当を得ていない。本件において被告人にありとされる徐行過怠は直線道路を反対方向から走行して来た対向車との関係で問題とされているのであるから、被告人に仮りに道路交通法第四二条に定める徐行義務の違反があつたとしても、これをもつて本件衝突を招いた原因となる過失と認める訳にはいかない。この点の検察官の主張は失当である。

次に、本件現場が道路交通法第四二条に定める「上り坂の頂上付近」に該るかどうかを検討すると、同条が上り坂の頂上附近を徐行すべき場所と規定しているのは、そのような場所では、前方の見とおしが十分きかないため反対側の視界外から来る、あるいは視界外に先行している車輛等との出合いがしらの衝突あるいは追突等の起きる可能性があるので、これを避けるためであると解せられるから、勾配の大小は勿論であるが、なお同所の速度規制の有無や、舗装の有無、幅員、頂上附近で道路がカーブしているかどうか、その他、当該道路の諸状況、これと関連する、同所で停止に必要な車輛の制動距離あるいは運行車輛の制動能力等も含め、当該上り坂の具体的状況を考慮し、右法意に照し、個々かつ相対的に判断されるべきものと考えられ、単純に勾配、傾斜の程度だけで定め得るものではない(この判断を運転者に求めることはけつして難きを強いることにはならず、むしろ比較的容易に感得判断し得る事柄であると解せられる)。本件現場については前記実況見分調書や検証の結果その他の証拠により次のように認められる。すなわち、現場は一部前述したように東西に走る一級国道八号線上にあり、車道の幅員約一〇米のアスフアルト舗装された直線道路で中央に白ペイントの点線によつて中央線が引かれ、片側がそれぞれ一車線となつている。速度制限は現場の東西にわたり公安委員会によつて最高速度毎時五〇粁以下に規制され、その旨の規制標識が駐車禁止標識とともに立てられている。そして本件衝突地点の東方は同地点に向かつて一〇〇米以上手前から緩い上り勾配となつており、その傾斜は衝突地点付近から次第にさらに緩くなり同所から約三〇米辺りから以西はしばらくほぼ水平に近く、衝突地点から約八〇米の地点付近から西に向かつてきわめて緩い下り勾配となつている。そして右のように東西を通じて約二〇〇米前後の上り勾配のうち最も傾斜が急であると認められる、衝突地点から東方約一〇〇米の部分の斜度は四、五パーセントであり、その他の部分はこれよりもかなり緩やかである。この現場を勾配のはじまる東方から衝突地点に向かつて見ると本件衝突地点をほぼ中心として東西一〇〇米以上を十分見とおすことが出来(最大二〇〇米位は透視が可能のように認められる)このことは夜間にあつても右の距離内の対向車輛をその前照燈によつて十分確認できるばかりでなく同距離内にある人影をも認め得る程であることが認められる。このように本件上り坂の頂上付近(すなわち衝突地点から西方約三〇ないし五〇米のところ)は往復二車線の大型の対向車輛ともすれ違いの十分可能なところで同所付近に対する東方からの見とおしは一〇〇米以下手前から可能であり、同所手前の勾配もせいぜい四、五パーセント程度の緩いもものである以上、このような上り坂の頂上付近は右に述べたところに照し、到底道路交通法第四二条に規定されている徐行をすべき場所には該らないといわなくてはならない。それ故、この点の検察官の見解も当らないといわざるを得ない。

このように見てくると、本件現場に東方から差しかかつた被告人には同所が上り坂ないしその頂上付近であるという理由によつて徐行すべき義務はなかつたことになる。

三、そこで、次に被告人が対向して来る関原豊運転の自動二輪車(以下、便宜上、被害車という)を発見と同時に徐行ないし急停止の措置をとるべき注意義務があつたかどうかにつき検討すると、被告人は本件衝突地点の手前約一七米の地点に時速約四五粁で差しかかつたとき、前方約四八、六米の対向車線内を中央線寄りに大型トラックと並進してこれよりも早い約六〇粁毎時前後と思われる速度で直進して来る被害車輛の一つ目の前照燈を認め、同車輛は対向車線内をそのまま直進し、大型トラックを追越してその前に出ようとしているものと思つたというのであり、この事実は本件証拠に照し矛盾するところはなく、これと異なる事実は認められないところ、このような場合には被告人は前記同速度のまま自己の車線内の直進を続けることは一向に差し支えないものというべく、同所が交差点であるところから、右折の合図もしないまま高速で対向車線内を直進して来た被害車輛が自車の進路を遮つて直前を高速のまま右折することがあるかも知れないことまでも予想して、このような万一の違法、無謀な運転に備え直進車輛である被告人において徐行ないし急停止の措置をとるべき注意義務はなかつたというべきである。

四、次いで、被告人は衝突地点に約8.8米まで前進した際、約21.6米に接近していた右被害車輛が前記高速のまま突然右折合図の点滅ランプをつけたのを認め、危険を感じただちに急制動の措置をとつた、と述べ、証拠上もそのように認めることができるところ、被告人の右措置は適切妥当であつて他にとるべき措置は見当らず、本件結果の発生はまことにやむを得なかつたものというのほかはない。本件事故を結果から因果関係を逆にたどつて考えれば、被告人が本件以上に減速徐行していればあるいは事故にならなかつたかも知れない、ということはいい得るとしても、それはあくまでも因果関係の問題であつて、それ故にただちに被告人にそのような行為に出るべき注意義務を課し、その懈怠をとらえて過失があつたとすることはできない、といわなければならない。

五、本件は、被害車が法規(特に道路交通法第三四条、第三七条、第五三条、同法施行令第二一条)を守らず、右折の直前までその合図をせず、高速のまま、まもなく交差点の通過を終える地点に達している直進車の直前でその進路を妨げる横断をしようとした結果、中央線をわずかに五、六〇糎越えた地点において急停止寸前の被告人の車の右前部分に激突した事故であつて、その原因はむしろ被害車側の無謀、違法な運転にあつたというほかないものであると認められる。

六、以上のとおりであつて、被告人には本件致死の結果との関係で業務上の注意義務を懈怠したとの事実は認められず、犯罪の証明がないことになるので刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすべきものである。(佐野昭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!